吉良の仁吉

きらのにきち

解説

義理に厚く若くして義理に斃れた仁吉は後世、人情物の講談や浪花節(浪曲)、演劇や数々の映画、歌謡曲などの題材として よく取り上げられる存在となっています。

あらすじ

三州吉良横須賀に没落武士の子として生まれた。
無口だが腕っ節と相撲が強く、相撲の上での喧嘩で侠客の親分の寺津の間之助[1]に匿われたのがきっかけとなり、18歳から3年間を次郎長の下で過ごした。
次郎長と兄弟の盃まで交わす仲となった後、吉良に帰り吉良一家を興した。
侠客の穴太(あのう)の徳次郎が、次郎長一家が世話をした伊勢の吉五郎の縄張りであった伊勢荒神山(こうじんやま)を奪ったため、徳次郎の手下や岡っ引らの仲介をも断って、世に言う「荒神山の喧嘩(血闘)」に乗り込んだ。
喧嘩で吉五郎側は勝利を収めたが、仁吉は鉄砲で撃たれた上、斬られて死亡した。

Youtubeに公開されている動画

吉良の仁吉の演目を演じている動画です。

徳丸一座 吉良の仁吉"

※上記動画は大衆演劇以外にも歌舞伎、浄瑠璃、映画、歌謡などの場合もございます。

「吉良の仁吉」へのコメント

ご自由にコメントをどうぞ!掲示板としてもご利用下さい。

コメント一覧

  • まだ書き込みはありません

コメントを残す



書き込んだ内容の削除・変更等のご希望があればメールにてご連絡下さい。

facebookでコメント

0

【旅芝居の専門誌】KANGEKI(カンゲキ)紹介

【旅芝居専門】KANGEKI 2022年4月号特別編集 劇団プロフィールDVDシリーズ

劇団プロフィール
お芝居(特別編集版 )「江戸の朝焼け 男の達引」
舞踊ショーダイジェスト
橘魅乃留月命日に寄せる個人舞踊「親父の背中」(橘炎鷹)
舞台袖レポート
特典映像
「移動日の楽屋風景」
「今日のご飯は?」
劇団メンバー自己紹介

KANGEKI(カンゲキ)バックナンバー

サイトご利用につきまして

※掲載情報の内容には最新の調査・取材を心掛けておりますが、現状と異なる場合もございます。

※掲載内容は一切保障するものではございません。必ず各利用施設に確認を行って下さい。

※掲載情報に基づき閲覧者が下した判断および起こした行動により、いかなる結果が発生しても当サイトはその責を負いませんので、ご了承のうえご利用ください。

※ビジネスオーナー様で掲載内容の追加や変更、削除などのご希望の際は内容をメールにてお送り下さいませ。

ページの先頭に戻る